うまさぎっしり新潟 観光通信 2011 夏

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新潟県の花火 注目をピックアップ!

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夏の夜空に咲く想いの花 長岡まつり大花火大会

映画作家 大林 宣彦さん

花火師 嘉瀬誠次さん

 花火師の家の3代目として、長岡花火と共に歩んできた嘉瀬誠次氏。戦争で途絶えた長岡花火が、現在の規模までに発展した陰には、花火にその技と知恵を注いできた嘉瀬花火師の存在がありました。
 シベリア抑留経験を持ち、戦争の悲惨さを知る嘉瀬氏はかつて「爆弾を全部、花火に換えたいね。ものを破壊する火薬を、楽しみのためにつかうんさ」と語りました。そんな嘉瀬氏に、長岡花火に対する思いや、花火師から見た長岡花火の魅力などをうかがいました。

花火へのこだわり

 現在は現役を引退した嘉瀬さんが作っていた花火は「空中でゆっくりと開く。そこに味がある」と評されました。長年、長岡まつりで打ち上げられるものを始め、数多くの花火を作り続けてきた嘉瀬さんは、そのモチベーションは競争心にあったと振り返ります。
 「特に私は競争心が強くて、他の人が銀を使ったら、じゃあ俺は金を使おう、という感じで新しい花火を作っていました。花火の色は10種類ほどしかないので、それをいかに組み合わせて、すーっと開いた時に味わいのある花火を作るか、ということにこだわっていました。見てくれる人の心に、いいなぁ、と思ってもらえるように。花火師というのは、一瞬の中にロマンチックさを出すものなんです」

作り手からのみどころ

 長岡の花火の中でも、印象に残る花火に必ず挙げられるのが正三尺玉。戦後、作り手が絶えていた三尺玉を復活させたのが嘉瀬さん。昭和26年のことでした。その時のことを振り返り、嘉瀬さんは「当時は経験者の話を聞くことができないので、かなり試行錯誤しましたね。結果的には一発目で成功したんですが、ドーンという大きな音と一緒に尻もちをついて、"ああ、成功したな"と思いながら空を見たら、満天の星がキラキラしていたのです」と、当時を振り返ります。
 さらに、「他にはない、美しいナイアガラを」と考え、橋に仕掛けるナイアガラを考案したのが昭和28年。そして正三尺玉とナイアガラの競演は、現在も長岡花火の名物となっています。

戦後復興の象徴

 長岡の花火は戦後、長岡大空襲の犠牲者の追悼と平和への祈りを込めて復活し、今に続いています。「戦後、長岡市民として戦争の悲惨さを忘れないよう、そして霊をなぐさめようという先輩方の思いから始まっています。空襲があった8月1日は喪に服し、爆弾が落ちた時間に花火をあげて追悼します。そして花火大会は2日と3日。だから、日にちは変わらないのです。花火は、亡くなった方が空からも見ているだろうし、遺族の方々も祈りながら見ている。私たちは下でおこぼれを見せてもらっているのです。」嘉瀬さんは、長岡花火にそんな想いを抱いているのです。
 2011年12月には真珠湾で長岡の花火を上げる計画があります。長岡の花火は、戦災や災害から自分たちが立ち上がった復興のシンボルでもあり、そして未来への平和を祈るシンボルでもあるのです。



観覧者へのメッセージ

 「花火師たちは毎年、"去年の花火より、さらにお客様に楽しんでいただこう"と思いながら、花火作りに取り組んでいます。花火にも流行があるので、それを取り入れたり、自ら工夫をこらして、打ち上げの構成も考えています。長岡まつりでは、長岡にとっての花火の意味も知りつつ、花火師が精魂込めて打ち上げる作品を、見て楽しんでいただければうれしいと思います」。

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(社)新潟県観光協会

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